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核廃絶と平和の希求 
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核廃絶は希求すべきものであることは間違いはありません。しかし本来希求すべきは世界の平和であります。

唯一の被爆国であり、こと地元は被爆県であるという立場からしても率先して訴える立場にあることも理解できます。しかしやはりここは現実的に事を進めるべきかと思うのです。核廃絶を訴える相手は、日本人のようなものわかりがよく、素直で和を以って尊しと為す考え方がDNAに刻み込まれているような民族ばかりではありません。テロリストが為政者のような国もあります。核をチラつかせないと外交が成り立たないような愚かな国もあります。

核廃絶が仮に実現できたとしても、それに代わる抑止力が出てくるはずです。それが紛れも無い現実であり、抑止力無き外交は単なる夢物語でしか無いでしょう。

核の無い社会が=戦争の無い平和な社会かというと決してそうではありません。核爆弾による65年前の長崎や広島がどのような悲惨な状況にあったかは長崎で教育を受けてきたから少なくとも他県の方よりも知っているつもりです。父も被爆者であり、僕は被爆二世です。

核廃絶ができればいいと思います。しかしそれは夢想だと思うから、ではそれを前提として平和な社会を築く為にどうすればいいかを議論するのが結局のところ近道かと思います。その議論をすることすら許されなければ、それはまるで気に入らない意見は排除して、耳当たりの良い事を言うシンパの連中だけで非現実的な議論を繰り返すどこかのタコ社長と同じだと思います。

毎度毎度同じ事を書いていますが、今日はそういう気持ちを新たにする日だろうと思います。
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全く同感であります。

核兵器の無くなる日=核より凄い兵器が出来た日

だと思います。
 
核廃絶に諦めているのではなく、平和という山頂への登り方の違いなんだよね。で、俺は核さえ廃絶出来れば全て解決という盲信とか、どこかの首相の談話ような土下座外交では一向に山頂には辿り着けないと思うわけです。
secret

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